「差異」の差異――ドゥルーズとデリダ―― →
「表象」を無限の力で転覆したのちに提示されてくるものは、これら二つの像である。この二者を安易にクロスさせたり調和させたりすることなく、文化と自然という差異線の新しいかたちとして受け止めること。そしてそれが根拠なき今において与える示唆と拡がりとを考えること。デリダとドゥルーズを読むという営為は、こうした仕方でこそ引き継がれていくべきではないか。