
via Jan Matejko - str. 4
— via 松岡正剛の千夜千冊『文明のなかの博物学』西村三郎“知図”として配置する (中略)
その代表的な例が博物誌や百科事典や本草学や辞書である。その対象範囲はまことに広い。なぜならそもそもアリステレスがモーラであって、仏典がモーラなのである。『倶舎論』やフランシス・ベーコンの「森の森」がモーラであって、ダンテの『神曲』や『本草綱目』がモーラなのである。どうしてモーラなき思想や方法の解発がありうるか。
「負」は文化のなかで最も重要な特質なのであるけれど、その語り方というものがなくては、それらはかえってしだいに特権的なものとなっていく。異端者の言動や思いつきの片言節句がいつも注目を浴びるようになってしまっては、それにかかわる構造そのものが混沌に目鼻をつけると死んでしまう中国の伝説のごとく、構造は歪み、ばらばらになり、ときにはそのまま分裂するか腐敗してしまう。— via 松岡正剛の千夜千冊『「敗者」の精神史』山口昌男
負のほうが正しいとか、異端にも一理があるとか、排除された者こそ救われるというのは、かえって事態の本質を見えなくさせ、歴史や歴史的現在が抱えもっている構造を見失わせることになりかねない。けれども、その手の議論のほうが、本来の負の歴史の意味を語る者より圧倒的に多くなっていったのだ。
そんなことでいいのか、いったいこのように「敗走が勝利であるかのような語り口」のままに歴史の現代化が進んでいいものか。ここには何か「語りの問題の過誤」がひそんでいるのではないか。王も道化もいなくなり、自我と大衆とメディアばかりになってしまった時代、もっと別の語りがあってもいいのではないか。
![Jan Matejko (1838-1893)
via Jan Matejko - Wikipedia, the free encyclopedia (Jan Matejko’s Gallery - Wikipedia, the free encyclopedia)
link +A gallery of paintings with links to biography (289 words) and bibliographical pages (12 books). +ヤン・マテイコ――同時代の公的な場における姿 [PDF] (ポーランド文化研究室 Seminarium Kultury Polskiej)](http://media.tumblr.com/OY9NpboAI6zvlkkj3xr2XmMe_500.jpg)
Jan Matejko (1838-1893)
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via 複数の名前を使っていた男をFBIが逮捕、しかし本名が完全に不明 - GIGAZINE
何年間にも渡って複数の身分証明を使い分けた謎の男をFBIが逮捕しました。しかし、彼の本名を知っている者が誰もおらず、FBIの力を持ってしても彼の名前は判明していないそうです。(中略)しかし、盗難や誰かを詐欺にかけた証拠はなく、何故名前を偽っているのかも不明。
link Man with no name has federal agents baffled | KOMO-TV - Seattle, Washington | Local & Regional